1 はじめに
新潟県弁護士会所属の弁護士加澤正樹と申します。 民事信託入門ということで、シリーズでお伝えしていきます。
民事信託は、委託者と受託者の契約で始まるのですが、信託法はまだ新しい法律(平成19年施行)で一般の人には余り知られていません。(本当のことを言うと弁護士にも良く知られていません。)。
信託法について、本格的な説明をしようとすると大変堅苦しく難しい話になってしまいますので、ここ数年の私の実務経験を基に民事信託の実際の利用方法について話をしたいと思っています。
民事信託の利用方法はいろいろと考えられているのですが、実際に使われている典型的なものを紹介します。
① 後見代用型とか福祉型と呼ばれる、将来、判断力が衰えてからの委託者の老後の生活の安全のために作成するもの
② 財産承継型と呼ばれるもので、①の目的に併せて委託者の相続財産を円満かつ確実に指定する者に承継させるために作成するもの
③ 不動産信託型と呼ばれるもので、自宅や賃貸不動産などの管理運営処分を後継者に委ねるもの
があります。
このほかにも多種多様の信託が考えられるのですが、私が実務で実際に経験しており、多くの皆さんが利用するであろう「後見代用型・福祉型」に焦点を当てて話を進めてまいります。
2 民事信託とは何か
人は年齢を重ねると考えをまとめて行動することが思うようにいかなくなります。私も記憶力が低下し、判断を迷った時の決断力が鈍ってきました。早い遅いの違いはありますが万人に共通する老化現象です。そんな時に大切な資産を管理してくれ、大きなお金の管理や細々とした支払いの段取りを自分に代わってやってくれる人がいたら便利ですね。
民事信託の受託者には近親者(家族・親族)が想定されているのですが、このことの意味は追い追いご説明していきたいと思います。
信託財産を受託者に預けるのではなく、形式上の所有権を受託者に移すという点が信託の最大の特徴です。
所有権がなければ受託者は、信託財産を自由に管理・運用することができません。そのため、受託者は信託財産の所有者になります。ただ、受託者には、信託目的に従って管理・運用をする義務があり、信託財産を所有することの利益は全て受益者(通常委託者が受益者になります)に帰属します。
受託者は、本来の意味での信託財産の所有者ではありませんが、「あたかも所有者のごとく振舞って信託財産を運用する」ことができます。
民事信託は、信託財産から得られる利益は全て受益者が得る制度で、必要な金銭をその都度受託者から受け取って消費することができます。
面倒な経済的な管理は信頼できる受託者にお願いし、必要な利益を信託目的に従ってその都度受け取って消費するという委託者・受益者にとってはまことに都合の良い制度です。
受託者は、信託財産を受益者のために管理運用しますが、自分のために消費することはできません。消費するのは受益者です。これが二つ目の特徴です。
もう一つの特徴は、自分の財産の全部を信託する必要はなく、委託者が信託する財産の範囲を自分で決めるという点です。
本人の判断能力の衰えを問題にしない制度の趣旨からしても当たり前のことですが、後見制度と比較すると自由度が全く異なります。信託開始後も自分で自由に使えるお金を持ち続けることができるのです。
私は、以前は安全を考えて、「できるだけ多くの財産を信託した方が良い」と進めていました。しかし、全財産を受託者の管理下に置いたのでは、いくら安全安心でも自分の自由な暮らしが制約されていると感じるのではないでしょうか。
今は、自分の自由に使える財産を手元に残した方が人間らしい生活ができると思い、バランスを考えて信託財産を選択するよう勧めています。
3 年金との比較
わが国には年金という立派な制度があります。年金と後見代用型信託は似たところがあります。
「財産を信託する」「年金を積み立てる」という違いはありますが、どちらも、高齢者に確実に生活に必要なお金を給付することができるシステムです。
年金は、一定の受給年齢に達すると受給権利者が亡くなるまで支給されます。一定額の定期的支給で、臨時の出費には対応できません。
民事信託は 信託目的の範囲内であれば必要な時、何時でも受託者に指示してお金を受け取ることができるところが違います。
民事信託と年金をうまく組み合わせる工夫は重要です。
4 成年後見との比較
ところで、わが国には成年後見という法制度があります。
成年後見には、判断能力が衰えた人のために家庭裁判所に申し立てをして後見人を付けてもらう法定後見制度と、後見をお願する契約を予め作成して登記しておき、必要になったら後見を発動する(後見監督人の選任申立て)任意後見制度の二つがあります。
民事信託に似ているのは、本人が後見人を決めておく任意後見の方で、後見が開始されればほとんど同じですが、本人が主体的に動く余地のない法定後見についてはここでは触れません。
任意後見は、任意後見人に本人の生活全般(身上保護と言います)と資産管理をしてもらう(財産管理)という二つの機能を持つ制度です。
民事信託は、財産管理機能に限られ、身上保護機能のない制度です。
任意後見制度の不便な点
任意後見は、民事信託に比べると本人に不便な点があります。
・被後見人は、自己決定ができない状態と看做されます。
被後見人になっても判断能力が全く失われているわけではありません。
簡単なことであれば判断でき、調子が良ければある程度判断能力が回復している場合もあります。
しかし、後見が開始されると一律に「判断能力がない人」と扱われてしまいます。
・全財産が後見人に管理されます。
・後見人の業務の内容を、裁判所が決めた後見監督人を介して、定期的に裁判所が監督します。
・後見人が身内である場合は、無報酬とすることもできますが、後見人監督人には業務内容に応じた報酬を支払う必要があります。
・成年後見制度は、それまでの生活レベルの維持に重点が置かれるため、被後見人の資産に余裕があっても贅沢は許されません。
5 民事信託を利用するにはどの程度の資産が必要か
商事信託は、国の認可を受けた業者が信託報酬を得る業務目的で行うもので、どうしても手数料負担が大きくなります。概ね3000万円以上でないと利用のお勧めできないと言われています。
これに対して民事信託は、報酬目的でない素人(身内)が受託するシステムですから、信託資産額が大きくなくても利用できるよう制度設計がされています。受託者が身内ですから、比較的少額の資産の方でも利用できますし、裁判所の監督も必要ないシンプルな制度です。
6 民事信託の利用方法
例えば、年金生活者の場合、老後の生活は年金である程度保証されていますから、年金で日常生活が賄えれば、臨時の出費に対応可能な程度のお金を信託しておけば、安心して暮らせます。
確実に守りたい分のお金を信託し、自由に使うためのお金は手元に残すという方法はどうでしょうか。500万円程度のお金が信託してあれば万一の時にも対応できます。無暗に多額の信託をする必要はありません。
任意後見と組み合わせる方法もあります。財産の一部を信託財産から外しておき、将来、身上保護が必要となって介護施設に入所する場合に後見を発動するという利用方法です。最初から制約の多い後見制度を使うより、判断能力が落ちた段階で後見を併用するという方法です。
民事信託は、多少ゆとりのある人のための制度と言えますが、利用の仕方は自由ですから、便利に使える制度と言えます。その反面、信託契約は、委託者に不利益な内容になる危険もありますから、法律の専門家である弁護士に相談する必要がある契約といえます。(次回につづく)
⇓動画でもご紹介しています⇓