コラム

Column

民事信託の基本構造


新潟県弁護士会所属の弁護士加澤正樹と申します。 民事信託入門ということで、シリーズでお伝えしています。
前回は、民事信託と似た働きをする任意後見制度と年金制度を比較するなどして民事信託の特徴を紹介しました。 私は、任意後見は良い制度と思っているのですが、裁判所の監督の堅苦しさを嫌う方には向かないかも知れません。
今回は、民事信託の基本構造についてお話します。

1 信託目的

信託目的は、契約書の冒頭部分に置かれ、信託契約の根幹であり信託契約の憲法前文ともいえるものです。

信託目的の決め方

委託者と受託者がこの契約に何を望むのかを、実現可能かどうかを考えながら、意見を出し合って決めるのですが、これが簡単ではありません。
どんなことを書くかというと(委託者=受益者の場合)

委託者の主な財産を管理又は処分することにより
(1) 受益者が配偶者と共に現在の居宅を生活の本拠として使用し、安心かつ安定した生活を送ることができるようにすること。
(2) 受益者に生活・介護・療養等に必要な資金を給付することにより、受益者らが従前と変わらぬ快適な生活を送れるようにすること。

というようなことを書きます。なお、この例文は模範的書き方の一例です。
「委託者の財産管理の負担を軽減すること」
「委託者が詐欺等の被害に遭うことを予防し、委託者が安全かつ安心な生活を送れるようにすること」
と言った項目を委託者の要望に沿って付け加えて書くこともあります。
ただ、理想論ばかりを並べても仕方がない訳で、相談を受ける弁護士側としては当事者の要望がその資産額からして実現可能なものなのか、受託者の能力からして対応可能なものであるかなどを経験に照らして判断し、法的観点から整理したうえで過去の記載例などを参照しながら適切な具体的な表現を取捨選択して案文を提案する必要があります。
大変難しい作業ですが、ここが腕の見せ処でもあります。

信託目的の判断基準

信託目的は、受託者の管理・運用権限の範囲を判断する基準になります。
先ほどの信託目的の例を題材に「受益者夫婦が介護施設に入居する場合に、受託者が居宅を売却して入居一時金を捻出することが信託目的に合致するか」という例について考えてみます。
信託目的の「生活の本拠として使用し」という文言からすると、受益者夫婦が居宅に住めない状況であれば「現在の居宅」の保持にこだわる必然性がなくなります。
また、介護施設への入居は「安心かつ安定した生活を送る」ために必用なのですから、そのための費用を調達するために居宅を処分することは目的に反しないということになります。

それにもかかわらず、受益者夫婦が売却に反対した場合は微妙な判断になります。
居宅を売却しなくても入居一時金を調達できる資金の余裕がある場合であれば、受益者の意向を尊重すべきでしょう。

目的の記載は、できるだけ具体的な記載が望ましいと言われていますが、委託者又は受益者がどのような環境(独居、自宅・借家、家族と同居、介護生活)にあるのか、何を希望するのかによりますので、信託目的の記載も千差万別になります。

信託目的を巡るトラブル

後見代用型民事信託の場合は、信託財産の積極運用が期待されている訳ではないので、受託者の資産運用に関する役割は難しくはない筈ですが、信託目的について委託者の思惑と受託者の判断が一致していない場合、受益者に供与する生活費の額が不満の種になる場合もあるようです。

受託者は、委託者のお金を預かっているだけなのですから、受益者が希望すれば言われるとおりに給付しても良いようにも思われますが、判断能力が低下した受益者の無理な要求に応じて、短期間で信託財産が枯渇するような事態は「安心かつ安定した生活を送る」という信託目的に反するので避けたいものです。

信託財産がなくなったら信託は終了するのですが、受託者としては漫然と終了させて「良し」とはいかないでしょう。

後見代用型の民事信託は、信託財産の積極運用が期待されているわけではありませんが、受託者には受益者の要望を聞きながら信託財産を的確に運用する能力が必要で、それなりに気苦労の多い役割です。
民事信託の受託者が、運命共同体ともいえる近親者から選ばれることの実質的理由がこの辺りにあるように思われます。

信託目的に関する当事者の希望は、法的に整理されていませんからそのままでは契約に使えません。法律家である弁護士が法的に整理して記載することが必要です。

民事信託は、家族である委託者と受託者の信頼関係の上に成り立つの契約ですから、信託目的を細かく定めて受託者の手足をがんじがらめに縛る必要があるような状況でしたら、民事信託を使うこと自体が不適切な状況ということですから、裁判所の監督がある任意後見の方が相応しいでしょう。

2 信託の開始

信託法第4条は、「信託は、信託契約の締結によってその効力が生じる。」と定めています。つまり、契約を交わせば信託が成立するということのようなのですが、これを頭から信じてはいけません。
信託目的のところでも触れましたが、信託は、受託者が信託財産を管理・運用するのですから、信託財産が受託者の支配下にあることが必要で、契約しただけでは受託者は信託目的に従った管理・運用などできません。
つまり、所有権が受託者に移転しなければ絵に描いた餅に等しいのです。

3 信託財産

信託契約では、次に信託財産に関する規定がおかれています。
信託財産には、不動産、金銭、動産の3種類があります。
その所有権移転方法について順次説明します。

不動産の信託

受託者が信託不動産を自分の所有物であるように管理・運用するためには、委託者から受託者への所有権移転登記が必要です。
信託法第14条は、「信託財産に属する財産は、対抗要件を備える必要がある」旨を規定しています。
不動産を信託する場合は、法務局で不動産の所有権移転登記をして対抗要件を具備し、さらに受託者の信託登記する必要があります。
受託者が信託目的を果たすため信託不動産を売却する。
これを担保に金融機関からお金を借りる。
などの方法で金銭を調達する方法がありますが、登記がなければ誰も相手にしてくれません。
取引の社会では対抗要件が整って初めて一人前なのです。

金銭の信託

金銭の信託は、受託者の資産と確実に区別できるよう信託口座を開設して現金をこの口座に入金する必要があります。ただ、信託口座開設には関門が待ち構えています。
第1の関門
信託口座を取り扱う金融機関を探す必要です。どこの金融機関でも取り扱っているわけではありません。
第2の関門
信託口座は受託者自身の口座とは区別された特別の口座で、受託者の債権者からの強制執行から守られるという使命を持っています。そのため信託契約が適切なものであるかの厳しい審査が各金融機関の部内規定によって行われ、この審査を経て開設が認められます。
信託口座に入金してようやく金銭の信託が完了します。

そのため「預り金口座」を作って入金するという方法での対応を勧める業者もいるようですが、「預り金口座」は、受託者が預かっているというだけで受託者の判断で自由に使える口座でも受託者の債権者による差し押さえから守る口座でもありません。
お勧めできません。

動産の信託

あまり例はありませんが、動産は引き渡しが必要です。

4 専門業者との連携

注意しなければならないのは、不動産登記の専門家は司法書士であり、信託口口座を取り扱う専門家は金融機関であるということです。
こうした専門家との連携がなければ登記も信託口口座開設もスムーズにいきません。
全ての司法書士が、信託登記手続きに精通しているとは限りませんし、信託口口座の開設条件は、各金融機関の内部規定で定められているので金融機関との連携も不可欠です。
また、税金問題についての検討も考慮すべきでこれは税理士が専門です。
つまり、民事信託契約は専門家によるチームプレイで作成するのが無難なのです。
相談する弁護士がこうした連携組織を持っているかということも注意する必要があります。

5 民事信託の特徴

受託者の行動規範

民事信託では、受託者は大きな権限を持ちますが、その一方では忠実義務、善管注意義務、会計帳簿作成義務という信託特有のルール(行動規範)と信託契約で定めた契約上の義務に従って行動しなければなりません。

法29条2項 (善管注意義務)
善良な管理者の注意をもって、これをしなればならない。
法30条 (忠実義務)
受益者のため忠実に信託事務の処理その他の行為をしなければならない。
法31条―32条 利益相反行為の制限の列挙
などの行動規範に加えて、具体的な行為義務として
法37条  帳簿等の作成義務

などの規定があり、受託者は、毎年1回定期的な会計報告を委託者、受益者、信託監督人などに行う義務を負っています。これが裁判所の監督に代わる監視手段になります。
ただ、問題は、受託者が帳簿類をきちんと作成してくれるかということです。
弁護士が、受託者が真面目に帳簿を作成してくれたかどうかを見張るのはつらいものがあります。
この方面の専門家は税理士さんですから、私どもは契約に「〇〇税理士の指導を受ける」という条文を設け、税理士にお任せしています。

信託法の条文と契約の特徴

信託法は、信託に必要な事項を条文に載せていますが、全てが必ず守らなければならない規定ではありません。
例えば、善管注意義務の例外として
信託行為に別段の定めがあるときは・・  29-2
また、利益相反行為の制限の例外として
前項の規定にかかわらず、・・行為ができる。 31-2
などという信託契約で例外を定めることを認めています。
このように信託法は、当事者間で契約の内容を比較的自由に定めることができます。
信託法に条文があっても、信託契約作成の際に当事者にとって不要な規定であれば除外することも、別の定めにすることもできます。
その一方で、民事信託は「自分で自分を守る」のが原則で、契約書を注意深く読み、大事な規定が骨抜きとなっていないことを確認する必要があります。

このシリーズの話題の中心である後見代用型の民事信託は、身内が契約の当事者になる契約ですので、万一の場合をあれこれ想定して対応を定めておく必要がある契約ではありません。
皆さんは、余計な心配をする必要はなく、単純な形の契約を作成すれば十分です。
注意しなければいけないのは、受託者側の要望に乗って受益者の不利益となりかねない契約書を作らないことです。

6 運用コスト

コストと言ってもお金のことだけではなく、労力を含む負担のことで、成年後見と比較しながら考えてみます。

成年後見人は、被後見人の財産管理と身上保護に関する権限を持ちます。ただ、これは法的な意味での管理・保護の権限で、実際に身上保護を行うのは家族であり、介護従事者(ヘルパー)です。
専門職後見人(弁護士、司法書士、社会福祉士など)が後見人に付された場合は、介護費用と相当額の報酬を支払う必要があり、コストはどうしても大きくなります。

民事信託の受託者は、信託された財産について大きな管理・運用権限を持ちます。しかし、身上保護の権限はありませんから、成年後見と比べると受託者の負担は大きくありません。
しかし、身上保護が必要になったら放置できませんから、結局、家族は信託とは別に対処を考えなければなりません。
つまり、成年後見は開始時には身上保護の必要があること、民事信託は、開始時点ではまだその必要がないことの違いだけなのです。

両制度の設定に要する費用とランニングコストですが、民事信託は、弁護士が関与する必要があるので、契約設定時のコストは高いですが、受託者が家族であることが原則で、通常は無報酬ですから、ランニングコストは低いことになります。

これに対して、後見は、設定時のコストは裁判所への申立て手数料だけですから高額ではありませんが、この手続きを専門家(弁護士、司法書士など)に依頼するとそれなりの費用が掛かります。
開始後は、裁判所の監督があり、後見人に対する報酬、最低でも月2万円、年間24万円程度の報酬がかかります。ですからランニングコストは明らかに高いということになります。

なお、民事信託では、信託監督人・受益者代理人を設置した場合はコストが発生しますが、年1回の信託財産の帳簿点検の事務料ですから高額ではありません(当社の場合はタイムチャージ1時間1万円程度)。また、受益者代理人は家族が就任するので、報酬はありません。

民事信託と成年後見の違い

民事信託は、委託者が比較的健康な時点で開始され、後継受益者が設定される場合もあることも考えると成年後見と比べて存続期間が長いことになります。
これに対して、成年後見は、被後見人の判断能力の低下が開始の条件ですから、通常は10年から20年というところでしょう。
民事信託は、存続期間が長くなるので、ランニングコストが安いことは重要な要素です。
また、民事信託は、その間の関係者間の状況変化が予測しにくいという点に難しさがありますので、状況の変化に対応できる契約を作成する必要があり、契約設定時のコストが高額になるのもやむを得ないでしょう。
受託者又は成年後見人による不正リスクについては、受託者が自分の事業に失敗して危機的状況に陥った場合には、権限が大きいだけにリスクがあります。
一方、成年後見は裁判所の監督がある分リスクが少ないかも知れませんが、年1回の監督で本当に事故を防げるのでしょうか。弁護士は、こうしたリスクに備えて保険に加入をしています。

このように見ていくと、両者のコストについては単純には比較できず、両者は、一般論として単純に優劣を決められません。個別事案の問題としてどちらが適しているか、自由を選ぶか、やや不便だが安全らしさを選ぶかの問題だろうと私は感じています。(次回につづく)

⇓動画でもご紹介しています⇓

【民事信託2-1】民事信託とは?信託目的の基本と書き方を弁護士がわかりやすく解説!_弁護士 加澤正樹

【民事信託2-②】民事信託の基本②|信託の開始と財産の取り扱いとは?_弁護士 加澤正樹

【民事信託2-③】民事信託と成年後見の違いとは?費用・自由度・リスクを徹底比較!_弁護士 加澤正樹

執筆スペシャリスト

加澤 正樹
パートナーズプロジェクトグループ
高野法律事務所
加澤 正樹
弁護士としては新人ですが、検事として約33年(全国各地の地方検察庁、法務省入国管理局、法務総合研究所、最高検察庁)、公証人として10年の実務経験をもっています。 刑事事件は、最も得意とする分野の筈ですが、刑事弁護人としての力量は未知数というか、期待しないでください。また、入国管理行政に2年間携わっており、この方面の専門的知識を有しています。 最近10年間の東京での公証人生活で、約5000件の公正証書遺言を作成した経験から相続問題に関心があり、特に、今年7月から始まる「法務局における遺言書の保管等に関する法律」の普及に関心を持っています。
お問い合わせ・ご相談 Contact us

以下のメールフォームより、
お問い合わせください。
SAN事務局よりご連絡させていただきます。

コンタクトフォーム