
- 求人を出しても、なかなか応募が来ない
- やっと採用できたと思っても、すぐに辞めてしまう
- ベテラン社員の高齢化が進んでいるのに、次を任せられる人がいない
今、中小企業経営者の皆様からは、人手不足に関する切実なお悩みを数多くお聞きしています。
人口減少が進む日本において、人手不足はもはや一時的な課題ではなく、会社の存続そのものを揺るがす大きな波となっています。
「人がいないから、何もできない」
そう諦めかけている方もいらっしゃるのではないでしょうか?
実は、この厳しいピンチが、会社を大きく変えるチャンスにもなり得るのです。
そのための強力な羅針盤となるのが、国の支援制度である「経営力向上計画」です。
この制度、単なる「税金を安くするための書類」だと思っていませんか?それは非常にもったいない誤解です。
実はこの計画には、人手不足の時代だからこそ活用すべき、「今いる社員を守り、会社の未来を強くする」ための本質的な力が秘められているのです。
今回は、普段は税制メリットに隠れて見落とされてしまっている、経営力向上計画の本当の活用法を、「人手不足への対応」という視点からお話しします。
業務効率化とコストの削減
人手不足への対応の一つ目は、日々の業務効率化とコストの削減です。
なぜ人手不足の時にこそ効率化が必要なのか。それは、人手が不足している状態では、従業員は「付加価値を生まない作業」に時間を奪われ、どんどん疲弊してしまうからです。
これは、「会社の活力が奪われる」ことに直結し、さらなる離職、そしてさらに深刻な人手不足を招いてしまうという悪循環が発生します。
経営力向上計画の策定プロセスは、この悪循環を断ち切るための処方箋になります。
まず、計画では、日々の業務フローを徹底的に洗い出し、「どこにムダな時間と労力が隠れているのか」を可視化します。
特に、会計、人事労務、販売管理といった管理部門の業務について、情報システム(IT)の導入やクラウドサービスの活用による効率化を具体的に計画します。
このプロセスによって、会社全体が「本来、顧客へのサービスや商品開発に注ぐべきだった余力」を取り戻すことができます。
非効率な作業に縛られていた時間と労力を解放し、それをサービスの質や新たな価値の創造という「付加価値の高い業務」に再配分すること、これこそが、限られた「人」という経営資源を最大限に活かし、人手不足を乗り越えるための最初の一歩となるのです。
将来に向けた設備投資
対応の二つ目は将来に向けた設備投資です。
特に外食産業や介護分野、建設業などの労働集約型の産業においては、従業員の負担軽減と定着は死活問題です。優秀な人材は、自らの努力が報われ、より快適で安全な環境で働ける場所を選びます。
経営力向上計画における設備投資の計画は、単なるモノの購入ではなく、「従業員への感謝と未来への約束」を形にする行為です。
計画では、業務の効率化や省力化、省エネ化に資する設備や機器の導入を具体的に検討します。
例えば、顧客管理や勤怠管理といったサービス提供に間接的に関わる業務のICT化、あるいは、ロボット技術を導入して重労働や反復作業を代替・支援することなどの取り組みが挙げられます。
これらの設備投資を通じて、人手に頼っていた業務を効率化・自動化し、浮いた労働力をより付加価値の高い業務に振り分けていくことで、限られた人材の能力を最大限に引き出し、会社全体の生産性を高めていくことを目指します。
この計画を立てることで、「会社は、私たちの負担を真剣に減らそうとしている」というメッセージが、従業員一人ひとりに届きます。
職場環境の整備・改善は、従業員の離職率低下や意欲の増進、ひいては組織の活力の向上を図るための中心的な取り組みです。最新の技術や働きやすい環境への投資は、従業員の能力を最大限に有効活用し、定着を促進する礎となるのです。
経営状況の「見える化」
三つ目の対応は、経営状況の「見える化」を図ることです。
人手不足の局面では、従業員の採用は「選ぶ」のではなく「選ばれる」時代です。
あなたの会社が「選ばれる会社」であるためには、曖昧な熱意だけではなく、「この会社で働き続けても大丈夫ですよ」という持続可能性を、確かな証拠で示す必要があります。経営状況の「見える化」は、その証拠を固めるためのプロセスです。
計画策定では、「ローカルベンチマーク」などに含まれる財務情報(売上高増加率、一人当たり営業利益など)や非財務情報を用いて、自社の現状を具体的に分析し、経営課題を整理することが求められます。また、税務会計、財務会計、管理会計を統合的に活用し、経営資源の状況を多面的に把握するためのシステム導入も検討されます。
この「見える化」の価値は、内部強化と外部への信頼とがあります。
まず内部強化とは、経営の体力をつける、ということです。
財務諸表等を基に収益性などの数値を定量的に分析し、PDCAサイクルを徹底することで、継続的な経営改善の仕組みが構築されます。計画目標として設定される「労働生産性」(付加価値額を労働投入量で割ったもの)の向上を明確に目指すことで、会社の経営はあいまいな経験による見通しを離れ、明確な論理に基づいた信頼性の高いものへと変化します。
この信頼性のある計算書類の作成と活用は、金融機関からの信頼性を高めることにも繋がり、結果として貴社の資金調達力の向上にも繋がります。
外部への信頼は、まさに採用力を高めることに繋がります。
会社の収益構造や将来の成長戦略が明確になることで、求職者やパートナー企業に対して「この会社は安定しており、未来がある」という揺るぎない安心感を与えることができます。不確実性の高い時代だからこそ、データに基づき、着実に成長を目指す会社の姿は、優秀な人材にとって最も魅力的な証となります。
会社の未来を描く
最後に、四つ目の対応は会社の未来を描くことです。
人手不足の最中、従業員が最も不安に感じるのは、「この会社は、社長がいなくなった後も続くのだろうか?」という未来への不透明感です。特に、後継者問題は地域経済やサプライチェーンの維持にも関わる重要な課題です。
経営力向上計画の策定は、この不安を払拭し、「会社は永続する」という希望を従業員に提示する行為です。
計画の策定期間は3年間から5年間と中長期に及びます。このプロセスにおいて、経営者は、会社の存在意義、そして目指すべき未来を明確に描くことを求められます。さらに、事業承継(M&Aを含む)を検討する場合、計画には、事業承継等による経営資源の組合せを通じて、労働生産性を向上させるという具体的な目標を盛り込むことができます。
国も、事業承継を行う際には、従業員の雇用の安定に特に配慮することを求めています。計画を通じて後継者候補の育成(次世代経営者の育成など)や、事業承継後の雇用安定への配慮を明記することは、現従業員に対して「あなたの未来は守られる」という最大限の安心感を与えることになります。
未来が明確に描かれた会社には、人が集まります。事業承継を計画に落とし込むことは、現経営者のビジョンを次世代へと引き継ぐ「魂のリレー」であり、人手不足の荒波の中でも、従業員が安心して働き続け、挑戦し続けるための、確固たる基盤となるのです。
地図を作りあげよう
人手不足は、確かに大きな脅威です。しかし、それをきっかけに「経営力向上計画」を通じて自社の状況を見つめ直し、筋肉質な経営体質へと生まれ変わることができれば、あなたの会社はこれまで以上に強く、魅力的な会社へと成長できるはずです。
計画の策定は、決して一人で行うものではありません。私たち認定経営革新等支援機関(税理士などの専門家)は、経営者に寄り添い、会社の未来を一緒に描くパートナーです。
「何から始めればいいか分からない」「書類作成などの手続きが苦手」という場合でも、まずは一度ご相談ください。
制度のメリットを賢く活用し、大切な社員と共に未来へ進むための「地図」を、一緒に作り上げていきましょう。
【参考】知っておきたい制度のポイント
最後に、実務的なポイントを少しだけ補足します。
目的で選ぶ!活用できる4つの類型
経営力向上計画には4つの類型が設けられています。会社の目指す目的に合わせて、適した類型を選ぶことが必要です。
・A類型(生産性向上)
どんな時?:機械やソフトを最新モデルに入れ替えて、作業効率を上げたい場合。
ポイント:メーカーを通じて「工業会の証明書」をもらう必要があります。一番利用が多い類型です。
・B類型(収益力強化)
どんな時?:新しい生産ラインや管理システムを導入し、利益率(年7%以上)を大きく伸ばしたい場合。
ポイント:設備を買う前に、経済産業局での「事前確認」が必要です。
・D類型(M&A・経営資源集約化)
どんな時?:M&A(事業承継等)を行った後、そのシナジー効果を高めるための設備投資を行いたい場合。
ポイント:財務指標の改善計画が必要で、経済産業局の確認も必須です。
・E類型(経営規模拡大)
どんな時?:売上10億円以上の企業が、売上100億円超を目指して大規模な投資を行う場合。
ポイント:賃上げの目標達成などが条件になります。こちらも経済産業局の確認が必要です。
申請における3つの注意点
制度を活用するためには、いくつかの厳しいルールがあります。「知らなかった」では済まされないポイントですので、必ずチェックしてください。
1.順番を間違えるとアウト!「原則は認定後の購入」
これが最大の落とし穴です。税制優遇を受けるためには、「計画の認定を受けてから、設備を買う」のが原則です。「先に機械を買っちゃったけど、後から申請すればいいや」と考えていると、税制メリットが受けられない可能性があります。(※一部例外もありますが、リスクが高いのでまずはご相談ください)
2.「人員削減」はNG!前向きな計画であること
経営力向上計画は、企業の成長を応援するものです。そのため、単に人を減らして利益を出すような「後ろ向きなリストラ計画」は認められません。「新しい設備でみんなの負担を減らし、空いた時間で新しい仕事をしよう」という、付加価値を高めるための計画であることが求められます。
3.審査の厳格化
最近、形式的な計画だけでなく、「本当にその目標が達成できるのか?」という実効性が厳しく見られるようになっています。特にB類型(収益力強化)などは、経済産業局による事前の確認が必要になるなど、手続きも複雑です。確実に認定を受けるために、申請の初期段階から専門家と二人三脚で進めることを強くお勧めします。