
今回は、これまでのお話と重複する話題になりますが、民事信託を委託者の側からどうアプローチするかという角度からのお話をします。
1.金融資産を信託する
人は重要な金融資産は、預金・株式などの形で保有しています。
預金の場合は、資金管理、各種支払い、送金、払込金の受け入れ、税務申告手続きなどに、
株式の場合は、資産保有、配当や売買による利殖などに活用するのですが、高齢になるとこの資産の管理が負担になってきます。最悪の場合は、詐欺被害などに遭う危険もあります。
勿論、成年後見制度の利用でも良いわけですが、本人の自由を尊重しつつ詐欺などの被害から資産を守り、安心安全な生活を送りたい場合は、民事信託を活用することをお勧めします。
2.信託財産が少ない場合でも民事信託を利用できるか
信託銀行が取り扱う商事信託を利用する場合、銀行の手数料を考えると信託財産額は概ね3000万円以上であることが望ましい、と言われています。
民事信託は、受託者に営利目的はなく、受益者の安心・安全な生活を守ることが主たる目的ですから、信託目的に沿った生活を送る費用が賄えれば十分と考えて、年金も含めた資産関係全体を考慮して信託財産の構成を考えてください。
例えば、介護施設等への施設利用料支払いを年金で賄うことができる程度の年金収入があるのなら、施設利用料支払いの不足分と臨時の支出を要する場合に備えるための金額を基準に信託額を考えれば良いのです。
余分なお金を持っていたために詐欺被害に遭う危険もありますが、そうだからと言って金融資産の全額を信託する必要はありません。
自分のささやかな楽しみのために手持金を持っておくことも大切であり、確実に守りたい分のお金を信託し、自由に使うためのお金は手元に残すという考え方をお勧めします。
3.金銭信託の注意点
信託契約は、契約書を交わすだけでは完成せず「財産の所有権を受託者に移転する」ことによって契約が完成する、ということは以前に説明しました。
ところで、信託契約は当事者間の自由な契約ですから、預金のまま信託する、信託口座によらないで分別管理をするという信託契約も理屈の上では不可能ではありません。
ただ、そのような信託契約は「信用できない怪しい契約」の典型であり、トラブルが発生した場合には必要な法的保護を受けることができないことに注意して下さい。
預金の信託
預貯金は、金融機関に対する債権です。
預金は払い戻しを請求できるという請求権であり、現金と異なり所有という概念はありません。
債権も他の人に譲渡することができますが、その譲渡が債務者に対して有効になるには通知が必要であり、さらに、特約で債務者の同意・承諾が必要と定められているのが通常です。
したがって、この通知と承諾の手間を考えると、委託者自身で預金を引き出して現金化し、受託者名義の信託口座に入金する方がずっと簡便なのです。
「○○銀行〇〇支店委託者名義の預金〇〇円相当の金員」という契約書の記載もありますが、これも預金を現金化して信託口座に入金する必要があります。
預金をそのまま信託するのが簡単だと誤解しないでください。
株式の信託
株券の引き渡しを受けても、受託者は委託者名義の株式を預かって保管しただけで、受託者の名前で株式の取引ができるわけではなく、これは信託ではありません。
また、株式の名義を受託者に変更するのは信託ではなく、受託者への生前贈与で、贈与税がかかります。
受託者が委託者名義の株式を受託者の判断で取引することができるようにするには、授権の範囲を具体的に指定することが必要で、それは受託者の判断で取引をすることができる信託ではありません。
委託者が株式を売却し、その金を信託口座に入金して信託し、受託者が株式を購入して資金運用するということで良いのです。
なお、年金受給権は、一身専属的な権利であり譲渡が禁止されています。
このように、委託者が保有する金融資産には信託できないもの、信託に適さないものがありますので注意してください。
4.不動産を信託する
民事信託の中心は前回触れた金銭信託ですが、不動産の信託もあります。
金銭は受託者名の信託口口座を開設してそこに入金しますが、不動産を信託する場合は、信託を登記原因とする受託者への所有権移転登記と信託登記をします。
民事信託の解説本には、不動産の信託は、所有者が高齢となって活用しにくくなった不動産を信託し、社会資源として有効活用する手段であるなどと解説されています。
民事信託を手掛け始めた当初は、いわゆる空き家問題対策としての不動産信託にも大きな期待を持っていました。
ところが、民事信託契約案件の相談を受け始めて4年目になりますが、当初は民事信託とは何かを知りたいというような相談のみの案件ばかりが続きました。3年目ころからぼつぼつ信託契約に結び付く案件の相談が入るようになり、これまでに完成にこぎつけた案件は5件ほどです。
相談内容は金銭信託の相談が主流で、空き家問題対策としての不動産信託の相談で信託契約が成立したものは一つもありませんでした。
5.不動産を信託する相談
不動産の信託には主に2種類あります。
①不動産の有効活用を主目的とする信託
親が賃貸物件やアパートなどの物件を所有する親が高齢となり、次の世代に資産を引き継ぐに際し、相続ではなく次の世代を受託者とする信託契約をして、自分の代わりに不動産の管理を委ね、同時に改築等に必要な融資を金融機関から受けるというもので
受託者の返済能力と委託者の信用力を活用して金融機関から融資を得て収益物件の資産価値を高めることを目的とする。
②空き家になりかねない自宅の信託
夫が亡くなった後の一人暮らしになる妻の生活を支えるため、金融資産に加えて自宅不動産を信託し、信託目的に、「自宅での居住の継続」と「介護施設に入所した後の自宅の売却処分、或いは賃貸を委ねる。」条項を設定して、自宅での居住の継続とその後の賃貸収入の確保を目的とする。
という2種類です。
高齢の親では賃貸物件の改築等を行う決断をすることは長期間の返済を考えると難しいですし、実際、金融機関からの融資も困難です。
老後の一人暮らしも住み慣れた自宅でならば不安がありませんし、介護施設入所後は空き家のままにしておくより、受託者に対応してもらい売却代金又は賃料収入を得れば金銭的な余裕ができ、その後の生活も安心です。
いずれも受益者にとっても有益な信託と思うのですが、提案してみても殆ど反応がありません。
6.不動産信託に人気がない理由
賃貸物件などとして活用できる収益不動産は、その収益を信託に繰り入れることができるので老後の収入源としては大変ありがたい信託資産といえます。
ただ、収益物件としての活用は、その建物が、当面大規模な改装などの必要がない場合は良いのですが、既に老朽化が進んでいる場合は、改装や補修のための費用が掛かるので金融機関からの融資が必要になります。
地方都市では首都圏などの都会とは異なり、若い世代が親元を離れて都会で働き、既に生活の本拠を都会に置いている場合が多いです。
先祖伝来の資産を老夫婦で守ってきたものの、いきなり若い世代が借金付きの不動産を信託されても当惑するのは当然と言えるかもしれません。
自宅の信託についても、大家族向きの大きな敷地と住宅は、核家族が暮らすには不向きです。首都圏では、不動産価格が高騰しているというものの、取引の対象は比較的小規模の物件やマンションが主流です。
都会では介護施設に入った後に、空き家となるマンションを信託して収益物件として活用するということも現実的な選択でしょうが、地方では、マンションに住んでいる高齢者世帯が、介護施設入所後の空き家を信託する時代が来るのはもう少し先のことでしょう。
信託するより信頼できる不動産業者に管理と処分を依頼する方が現実的かもしれません。
こんなところに不動産の信託に今一つ人気がない理由があるように思われます。
7.信託と相続をめぐる問題
民事信託契約は、ご本人の判断能力低下に備え、不安のない晩年を支えることを目的とする制度の一つです。
なお、信託財産を運用して増やすことを目的にすることもできますが、その場合は有能な受託者の存在が必要不可欠であり、失敗した場合には大損害を被る危険があるので、あまりお勧めしていません。
民事信託契約を利用しようとする方は、ある程度の資産をお持ちの方ですから、「安心して豊かな老後を過ごしていくにはどの程度の財産を信託するのが良いのか」と言うことを考えることが出発点になります。
信託財産は、信託目的に従って受託者が管理しますから、浪費や詐欺被害で財産を失う危険は殆どありません。
信託財産は次第に減少し、終了時には相続人に分けるほどの財産は残らないと思っている人が多いのではないかと思いますが、それなりの額の年金を受給されておられる方の場合は、信託財産にほとんど手が付けられないまま信託が終了する場合もあります。
つまり、信託契約をせずに人生を送る人より資産が残る可能性が高いのです。
その次のポイントは、民事信託の受託者は、近親者が受任するのが前提で通常無報酬であるという点です。これが営利を目的とする商事信託との最大の違いです。ランニングコストが低いのです。
信託の開始後にご本人の判断能力が次第に低下し、介護施設のお世話になる状態ならば、受託者は、施設費用を支払うのが主な仕事であり、余計なことをせず、真面目に定められた信託金の管理をするのが一番です。
そうはいっても受託者の精神的負担は軽くはない訳ですから、相続財産の分与に際しては受託者に十分の配慮があるのが普通です。
ただ、他の相続人からすると不公平な配分に見えますから遺産分割が円満に行われず、訴訟になる危険もあります。
民事信託契約は、自分独りの平穏な人生だけを考えるのではなく、家族の円満な将来を考えて作成しますから、考え方としては遺言の作成と似ています。
自分亡きあとの家族の幸せも願って資産の運用を考えるというのが、民事信託ですが、民事信託の相談では、信託終了後に財産をどうするのかという話題が当事者から出ることはあまりありませんでした。そこまで考えをまとめて相談に来られた方はほとんどおられないのです。
信託契約をせずに人生を送る人より資産が残る可能性が高いのですから、残った財産の処置についても考えておくべきでしょう。
もちろん問題が生じなければ、それでも良い訳ですが、せっかく法律の専門家である弁護士に相談できる良い機会ですから、ご本人がしっかりしているうちに本人の意思を尊重した相続の方針も決めておくべきではないでしょうか。
8.金融資産と不動産
信託財産は、金融資産と不動産とで構成されています。相続は信託財産と固有財産の双方で考える必要があります。
金融資産の相続
金融資産は、受託者の貢献度を他の相続人と比べてどう考えるかをクリアーできれば、決めた割合で分割すればよく、トラブルになるおそれは少ないでしょう。
当初受託者の貢献度が大きいのは当然で、次に受託者を監視する立場の受益者代理人の評価を考え、契約には出てこないが受益者の生活を援助する者の評価をどうするかなどの信託契約への関与度合いを考慮し、さらに、受益権を引き継ぐ後継受益者に指定された者の潜在的な利益をどう評価するかの問題はありますが、金融資産は、分割が可能なので分割比率を決めさえすれば簡単といえます。
不動産の相続
これに対して不動産となると、金融資産と違って簡単に分割ができないので問題が難しくなります。
また、不動産の評価額と実際の価値は必ずしも同じではないことも問題になります。
経験豊富な弁護士に相談すれば、良い知恵を与えてくれるでしょう。
いずれにしても相続は大問題なので、早くから準備しておくことが大切です。(次回につづく)

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【民事信託4-①】金融資産を信託する_弁護士 加澤正樹 | スペシャリストアライアンス新潟