コラム

Column

労務トラブル対応の要は就業規則にあり

1. 労務トラブルは身近なリスクです

中小企業経営者の皆様、日々の事業活動、誠にご苦労様です。
事業の成長とともに避けて通れないのが、「人」に関する問題、すなわち労務トラブルです。優秀な人材の確保・定着が最重要課題である一方で、能力不足、協調性の欠如、メンタル不調、ハラスメントなど、ひとたび労務トラブルが発生すれば、企業の成長が止まるだけでなく、多大な時間と費用、そして企業イメージの毀損という深刻なリスクに直面します(従業員の数が少ない企業ほどこのリスクは大きくなります)。
特に、労働に関する法令は、従業員保護の視点が強いのが現実です。このフィールドにおいて、会社として迅速かつ適切に対応し、「会社を守る」ために最も重要なものは何でしょうか。

2. トラブル対応の「要」となる就業規則

それは、ずばり「就業規則」です。
就業規則は単に労働基準監督署に提出する書類ではありません。それは、御社と従業員との間で交わされた、労働条件や服務規律を定めた、法的効力を持つ最も重要なルールブックです。
労務トラブルが発生し、万が一、裁判や労働審判に発展した場合、この就業規則に「何が、どのように書いてあるか」が重要な判断基準となります。
就業規則に必要な規定がないと、トラブル発生時に会社として取りたいと考える必要な処置(懲戒処分、解雇、休職命令など)が法的に認められず、結果として従業員の主張を受け入れざるを得ない展開になることも珍しくありません。
就業規則に規定がない場合、労働関係法令に従い、労働者寄りの判断がされやすくなります。

3. 就業規則が持つ「武器」としての役割

企業として、問題のある従業員に対して毅然とした態度を取り、組織の秩序を守るためには、会社が取り得る手段について、あらかじめ就業規則に具体的に定めておくことが不可欠です。
就業規則は、トラブル発生時に備えた「セーフティネット」「カウンターウェポン(対抗措置)」です。就業規則を装備していれば、有効なトラブル対応ができ、会社が不当な要求や訴訟リスクから身を守ることができます。
就業規則に具体的な規定を設けておくことで、従業員に対しても「会社にはこういうルールがある」という周知徹底が可能になり、トラブルの発生自体を防ぐ効果も期待できます。

4. ケース別:就業規則が活きる具体的な場面

では、具体的にどのような場面で就業規則が役立つのでしょうか。

(例 1)能力不足の社員への対応

「指導しても一向に業務改善が見られない」「企業の期待する水準に達しない」といった能力不足の社員への対応は、経営者の皆様にとって特に悩ましい問題です。
能力不足を理由に解雇や降格を行う場合、会社は「やむを得ない理由」と「適正な手続き」を求められます。

  • 有効な就業規則の記載: 「職務遂行能力の著しい低下」を懲戒事由や解雇事由として明記することに加え、具体的な評価基準、改善指導のプロセス、配置転換や教育訓練の機会提供など、解雇に至るまでのステップを定めておくことで、会社の措置の客観的合理性と社会的相当性を裏付ける証拠となります。

 

(例 2)メンタル不調による休職・復職対応

近年増加しているメンタルヘルス不調は、対応を誤ると長期の休職や安全配慮義務違反を問われるリスクがあります。

  • 有効な就業規則の記載: 休職の開始・期間・延長の条件、休職期間中の給与や社会保険の取り扱い、復職時の手続き(産業医による診断の義務付け、リハビリ勤務の規定など)を詳細に定めておく必要があります。これにより、会社はスムーズかつ公平な対応が可能となり、復職を希望する従業員へのサポートと、他の社員の負担軽減を両立できます。

 

(例 3)問題行為やハラスメントの処罰

従業員による職場秩序を乱す行為やハラスメント行為は、放置すれば組織全体に悪影響を及ぼします。

  • 有効な就業規則の記載: 懲戒の種類(戒告、減給、出勤停止、諭旨解雇、懲戒解雇など)とその行為に対する処分の基準を明確に定めておくことが重要です。特にハラスメントについては、定義、禁止事項、通報窓口、調査手順を詳細に規定し、懲戒処分の対象となることを明記することで、強い抑止力となります。

5. 予防法務としての就業規則の見直しを

就業規則は、一度作成すれば終わりではありません。
労働関連法規は毎年改正され、また裁判所の判断(判例)も常に更新されています。御社の事業規模や経営方針の変化、あるいは過去に経験したトラブルを教訓として、就業規則を定期的に見直し、「生きているルールブック」として運用し続けることが、効果的な予防法務となります。
労務トラブルは、その発生前に適切な手を打っておくことが、経営リスクを最小化する唯一の方法です。
「今の就業規則で、本当に会社を守れるのか?」—少しでも疑問を感じられたなら、ぜひ労務問題に精通した弁護士にご相談ください。

執筆スペシャリスト

犬井純
弁護士法人青山法律事務所
犬井純
これまで、不動産関連案件と企業法務を中心に取り扱ってきました。 ご相談頂いた方を「トラブルから解放する」ことを目指して対応しています。 進化し続けることを大切に、新たな業務分野にも積極的に取り組んでいます。 最新のテクノロジーを積極的に取り入れながら、一方でご相談頂く方の心情にも寄り添った対応に努めています。
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