コラム

Column

民事信託の利用法

私たちが「民事信託」と呼んでいる改正信託法の施行は、今から約20年近く前の平成19年で、比較的新しい法制度です。

※※※ 目次 ※※※
1.商事信託と民事信託
2.民事信託契約の特徴
3.受託者の選定
4.信託財産について
5.信託契約をするか

1.商事信託と民事信託

「信託」には専門業者が受託する商事信託と、業者ではない近親者が受託する民事信託の二つがあり、主たる登場人物が委託者、受益者、受託者であることは共通しています。 しかし、この二つは似て非なる制度です。

信託銀行などが扱う「商事信託」は『利率が高い』、『信託目的の範囲内であれば必要な時に使うことができる』などの利点がありますが、「信託金が3000万円以上でないとメリットがない」という受託者側の壁があり、委託者は相応の資産家に限られてしまいます。

これに対して、民事信託は、信頼する近親者に資産を管理・運用してもらう後見代用・福祉型という庶民向けの信託が利用の中心であり、信託金が数百万円程度でも十分利用可能です。当初受益者が亡くなった場合に、受益権を残された者に引き継がせて信託を継続するという便利な相続に似た使い方もできます。

民事信託の利用を考える人は、例えば

「痴呆が始まったら夫婦二人の生活には不安がある、そのときには子供の誰かに手助けしてもらう必要があるが、誰に頼むのが良いのかを決めかねている。」

「家族の中に経済的、精神的に自立できない子供がいて経済的援助が必要であるが、自分が年老いた時に、この子の面倒を誰に引き継いでもらうか迷っている。」

「自分たちの老後の面倒を見てくれた子供に資産の多くを配分したいが、実際、誰が面倒を看てくれるか現段階では分からない。」

など自分と家族の将来に不安要素を抱えている人が多いのではないでしょうか。

2.民事信託契約の特徴

民事信託は、親族の中の誰が受託者となるかが最大のポイントです。

受託者が決まっていない信託の相談は困ります。委託者と受託者の二人が揃っていないと信託の契約内容が決められませんから、まず受託者を決めてください。

その次のポイントは、信託目的です。

資産を管理・運用してもらうのが信託ですが、どのような目的で管理・運用してもらうのかを契約で決める必要があります。言い換えれば、信託金の使い道、受託者の権限を具体的に決める必要があります。

民事信託には、多種多様な利用方法が提案されていますが、後見代用・福祉型の場合は、資産管理の負担軽減、受益者及び配偶者の医療費・日常生活費等の給付、葬儀・法要費用等を含む一定程度の金銭の給付などが目的として記載される場合が多いです。

信託金は多額である必要はありません。もし、不足したら追加信託することが可能です。不必要に信託金を高額に設定しても、何のメリットもありません。

一方、受託者にとっての関心事は報酬でしょうね。

民事信託では、受託者報酬を通常設定しません。でも、受託者にタダ働きをさせるという考えではなく、規約中に置く残余財産の帰属の定めが実質的な報酬規程であり、信託終了後に残った信託金を受託者に手厚く帰属(相続)させる約束をするのが普通です。

この約束は契約ですから、委託者(遺言者)が一人で勝手に変更することはできないという強い効力があります。

民事信託の機微を事例に即してご紹介しましょう。

3.受託者の選定

複数の受託適格者の中から「長男だから」「男の子だから」という旧来の家族関係で受託者を決めるようでは、民事信託を利用する資格はありません。

信託は委託者が元気なうちから始まりますから、居住地の遠近、孫も含めた家族の関係性に重点を置いて選ぶ場合が普通です。受託者以外の子を「受益者代理人」という役目に指名し、受託者の行為をチェックさせるという方法もあります。

信託契約時に妻が元気であっても、夫の死亡時に妻の判断能力が既に低下している場合もあり、夫の信託を終了させて財産を妻に相続させるより、妻を夫の後継受益者に指名しておき、信託を継続させることも考えて下さい。

家族ではなく親族に受託者を依頼する事例もあります。

子のないご夫婦、お子さんに先立たれているご夫婦は、兄弟、孫、甥・姪に受託者就任を依頼する場合があります。

こうした事例は、実際には突然頼まれるわけではなく、それまでに委託者の面倒を親族の誰かがみているという事実が先行しており、それを正式な形にするために信託契約を作成する場合になります。親族が沢山いても、選択肢は最初から限られています。

こうした事例の場合は、信託契約作成時に受託者に無用な負担を掛けない配慮が必要で、委託者=受益者が既に施設に入所、又は、入所準備ができている」ことが引受ける前提です。

委託者=受益者が在宅のままの状態で信託が開始された場合は、受託者は、適切な施設探しから始めることになり、それだけでも大変です。

受益者が既に介護施設暮らしであれば、日常生活は施設費で賄われますから、受託者の管理業務も出金を把握すれば足りますから大きな負担とはなりません。

この場合は、信託目的に葬儀関係費用の支出など死後事務委任的な信託目的を入れた方が良いと思われます。

一方、まったく身寄りのない方の場合は、民事信託の設定は事実上難しいので、法人との任意後見・死後事務委任契約を活用する手法もあると思います。

4.信託財産について

資産の中には信託できないもの、信託に相応しくないものがあります。

信託できない資産の代表格は年金です。年金は本人以外の者に支給することはできません。

ただ、委託者の年金口座から自動振り替えで施設料を支払うという方法であれば、本人の口座から施設に支払うことができるので利用をお勧めします。

年金は、信託できませんが定期に定額が支給されるので、これで生活費と施設利用料を支払い、想定外の出費がなければ信託金の多くを信託終了後の残余財産として残すことが可能です。年金は確実に支払われる最高の信託なのです。

農地は、農業従事者以外に所有権を移転することはできません。

信託金は、信託目的以外には支出できません。一方、自己名義の預金は、本人の判断能力が怪しくなると銀行から事実上引き出せなくなる場合がありますので注意して下さい。また、現金、現物で持っていると紛失・盗難の恐れがあります。

いずれにせよ、ボケが進んでしまったら、自由にお金は使えなくなるものと覚悟して下さい。大人しくしているしかないのが現実です。

 

5.信託契約をするか

私は、民事信託と言う法制度を皆さんに紹介するためにこの文章を書いていますが、私自身は、現時点では民事信託を始めようという気はありません。

私も後期高齢者の一人ですが、長年、公務員として働いたお蔭で、人様が想像するほどの額ではありませんが、贅沢を言わなければ妻と二人でそれなりに暮らせる程度の年金を頂戴しています。妻・子・孫達という近親者に何らかの肉体的、精神的問題を抱えていて面倒を見なければならない者はいません。

借金はありませんから年金と預金で多分暮らしていくことができると考えています。

人からあれこれ指示されるのが大嫌いで、たとえ間違ってしまっても自分で物事を決め、自分が思った通りに行動したい我儘な私ですから、任意後見はまだしも、法定後見のお世話には絶対になりたくないと思っています。

一方、判断能力が本当に怪しくなったら、意地を張らずに民事信託を利用して、子供の誰かを受託者にして金銭管理から解放されるのも良いかなという気持ちもあります。

ただ、その場合でも手持ち金は残し、自由に使うお金を持つ楽しみは確保しておきたいのです。受託者を頼まれる方は迷惑かもしれませんが、民事信託は、元気でいるうちは自分の気持ちのままにやりたいという「我儘者」のための最後の砦と思います。

ただ、私は民事信託のことを十分理解していますから、多少判断能力が怪しくなっても、民事信託を利用することを決断するのは容易です。ここがこれから民事信託を知りたいと思う人との違いです。

民事信託は、制度の発足から日が浅いため、民事信託契約を実務で扱う弁護士が県内ではまだ少数のようです。

それに民事信託は人それぞれに適した利用方法があり、どの方法がその人にとって最適であるかを選択することは必ずしも容易ではありません。

実務本も沢山出ており、目を通すと良く考えられているなと感心しますが、実務経験を積まなければ、どの方法が本当に適しているのかの判断は容易ではありません。

畑は違うものの50年以上法律実務の世界に身を置いて経験を積み、最近10年ほどは民事信託契約の組成に直接・間接関与している私でさえも、相談を受ける度に新しい経験を積む思いであり、定型的な案件として簡単に処理できた事例などありません。

しかし、信託資産を分別管理する信託口座の開設、受益者の利益を守る信託監督人の指定などの規定が義務規定ではないため、これを欠いた契約や、会計帳簿の作成義務の定めはあるもののその履行を監視するシステムがない契約も横行しています。

信託契約の作成は、契約時は利害が対立する係争事案ではないため、弁護士以外の職種の業者でも取り扱うことができますが、定期的な処理にはなじまない案件であることは間違いなく、安易に法曹資格を持たない者に民事信託契約の組成を依頼することは避けた方が賢明と思います。尤も、公正証書が作成され、金融機関が信託口口座の開設に応じてくれるならば、契約内容は大丈夫なはずで、これが重要なポイントです。

民事信託は、基本的には善意に溢れた近親者間の契約であり、契約内容に形式的な不備があっても実害が生じるとは限らず、悪意がない限り契約違反があっても損害が発生しなければ問題が表面化しません。しかし、不備のある契約は何時問題が発生するか分からない危うい契約なのです。

日弁連は、民事信託のガイドラインを定め、信託契約作成時の留意点を指摘していますが、まだ十分浸透しているとは到底言えない状況です。

弁護士の受け皿が不十分であることも事実で、適切なサービスを提供できる人材の育成が急がれます。

◆講師プロフィール◆

パートナーズプロジェクトグループ
高野法律事務所
弁護士 加澤 正樹

<得意分野>遺言書、任意後見契約書、家族信託契約書、離婚給付などの家族関係に関する相談及び契約証書の作成ほか

↓詳しい講師プロフィールはこちらから↓
https://san-niigata.com/author/san0077/

 

執筆スペシャリスト

加澤 正樹
パートナーズプロジェクトグループ
高野法律事務所
加澤 正樹
弁護士としては新人ですが、検事として約33年(全国各地の地方検察庁、法務省入国管理局、法務総合研究所、最高検察庁)、公証人として10年の実務経験をもっています。 刑事事件は、最も得意とする分野の筈ですが、刑事弁護人としての力量は未知数というか、期待しないでください。また、入国管理行政に2年間携わっており、この方面の専門的知識を有しています。 最近10年間の東京での公証人生活で、約5000件の公正証書遺言を作成した経験から相続問題に関心があり、特に、今年7月から始まる「法務局における遺言書の保管等に関する法律」の普及に関心を持っています。
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